--- 鷹取学園20周年資料 ---
早期幼児自閉症といわれた人の学園生活の経過
平成12年4月1日
個人別ケースまとめ担当者
指導員 野 村 祐 治
1 問題であった具体的内容
@拘り(一日の生活パターン・職員の勤務状況など)
A便塗り行為(排便後に手で便をこね衣服にベッタリ塗り付ける)
B嘔吐(過飲水・発作時)
C他傷行為(興奮時の首絞め)
D自傷行為(興奮時に壁に頭をぶつける・歯茎、皮膚を毟る)
E異食(便食・草木・紙・ストロー・鉛筆・歯ブラシ・壁・トイレの消臭剤など)
F精神科疾患(早期小児自閉症から分裂病に移行)
G癲癇発作(昭和63年に初発)
2 入所年月日
昭和60年12月1日入所 (在園期間 14年4ヶ月)
3 ケース紹介(福岡県更生相談所判定書より)
@氏名 K・Mさん 男性
A生育歴
昭和43年7月23日生。出生時は母体・胎児共に異常なし3800g。
初歩は13ヶ月、始語3歳でこの時期に言語障害があり異常であると判定される。
58年Mクリニックにて投薬を受ける〜不機嫌時夕方1回。
B知的面
IQ(愛研)16 MA(精神年齢)2歳6ヶ月 最重度
C身辺自立状況
食事は自立しているが咀嚼が悪く丸呑み、排泄も自立しているが排便後の始末が不 充分、衣服の着脱も自立。
D意志交換能力
言語障害があり会話は不可であるが「アー」「マー」といった発語がある。
単純な指示や声掛けによるコミュニケーションが可能。
自分の要望に対しては「アッ、アッ」といった発語がある。
E身体状況
栄養状態良・身長177cm・体重97kg〜身体的に異常なし。
F情緒面及び生活状況
性格及び行動〜
明るく、はにかみやである。イライラしている時、1日の生活パターンが崩れた時 に興奮して攻撃してくることがある。調子の良い時は1日の生活の流れもスムーズで、本を眺めたり職員や他園生の仕種を興味深げに見ている。
不安定時は水飲み行為があり頻尿状態。排尿後また水を飲み悪循環を繰り返すといった状態。飲む量も多く蛇口に直接口をつけゴクゴク飲み、体重が短時間で3〜5kgも変動することもある。食事摂取ペースも早く4〜5分程度で終る。味付けは非常に濃いものを好み、自分の好みの味でないものには醤油を多量にかけて食べようとする。水飲み行為による血中濃度低下をセルフコントロールしているとも考えられる。
G医療面
早期小児自閉症から分裂病に移行〜癲癇薬・精神安定剤投与
4 入所当時の状態
昭和59年4月より体験入所。当初は多動・放尿・異食・便塗り・水遊び・興奮して職員や他園生に対して首絞めがあるといった行動障害が頻繁に見られ「目が放せない」といった状況であった。学園生活に慣れる迄に半年を要し、食べ物に対してのこだわりが強く、規制を受けると執着するといった傾向に移行していく。
当時体重102kg・身長175cmと立派な体格をしており成長期であった為、目に付いた物は何でも食べるといった状態で、草木・壁・絨毯・単1乾電池・トイレ消臭剤・血液検査用血清をガラス瓶ごと16本も食べるといった異食がたいへん目立つ状況であった。
性格は穏やかであるが、強情な面も持ち合わせ気に入らない事があったり、思い通りにならないと首を絞めに向かってくるといった行動も屡見られている。また、躁的状態の時は徘徊が続き一晩中徘徊して廻り、頻繁に水を飲んでは嘔吐するといった行動もある。
5 経過
○昭和60年度(入所年度)
学園生活には馴染んだものの便塗りや便食行為・執着行動といったものが毎日のように見られ出し、集団生活において衛生面での対応ができないということで5月28日〜6月30日まで自宅待機、自宅にて排便後の拭き取りトレーニングを行う。しかし、同行為は家庭においては全くみられないが、学園に戻ってくると始まるという状況は変わらず、7月1日より通所という形を取り入れるが状態は良くなく、執着傾向が強まったり特定の行為や物へ固執するといった行動がパターン化する。
12月1日に正式入所、この時期には異食・便塗り・水飲み・執着といった行動がパターン化しており、一つの執着が消えると次の執着が始まるといった悪循環の繰り返しで、本人も相当にイライラしており落ち着かない生活を送る。
○ 昭和61年度
4月より新入所園生・新職員が入ったこともあり状態が悪く不安定。執着行為が次々と変化しイライラした状態が伺えた。異食・便塗り・便食といった行為も年間を通して見受けられた。
異食に関しては精神的な要因が大きくあり、目の届かない所ではかなりの物を口にしている。規制するといった事よりも情緒を安定させる、ラポートを密接に取るといった対応を実施し問題行動の減少を目指した。
○ 昭和62年度
情緒面に大きな変化があり、注意を受けた後に声を出して泣き出すといったことがある。
それを境に随分と素直な面が見られてきている。この年に精神科の主治医が糸井先生に変更。投薬内容も変わり前年度と比較すると随分と安定した状態であった。
冬期より便塗りと嘔吐が頻繁に見られるようになり、3月27日に初めての大発作があっている。発作前の状態は非常に躁的であり、こだわりが強くなり執着することが頻繁に見受けられ、落ち着かずに徘徊や興奮が目立っている。また、眼球が平行線より上のみに動く傾向が見られた。
○ 昭和63年度
前年度末の大発作以降、激しい興奮が続いたり躁的になって笑い続けるといった面が目
立っていたが、徐々に落ち着いて素直な面が見受けられ出している。
興奮時の首締め行為は依然として続いていたが、行為そのものは随分とおとなしくなってきている。10月より痔ろうが原因と思われる激しい便塗り行為がパターン化しており、
12月15日にN外科にて手術を行う。1月9日に退院後、自宅静養をし2月2日に帰園
する。原因と思われた痔ろうによる痛みは取り除けたが、帰園後もしばらく執着傾向として見受けられた。
○ 平成元年度
この年より情緒面にも安定した状態が見られるようになり、生活習慣の改善といった指導が行えるようになった。以前に見られていた異食・放尿・執着・便塗りといった諸々の問題行動といったものが減少し、本人の素直な性格がうかがえるようになった。
日課への取り組みに関しては能力的には可能ではあるが、意志が伴わないといった感じで、常に声掛け・指示を要する状態であったものが、一緒に行う事を続け随分と流れや要領といったものが理解できてきた。
怒りの場面での首絞め行為が減少している。この事に関しては指導方針を変更し、以前のように規制や阻止を極力避けて指導を行い、本人とのラポートがうまくとれるようになった事が成果と思われる。
○平成2年度
前年度同様、全体的には落ち着いた生活が送れるようになってきているが、問題行動では便塗りから起床後の自慰行為に移行しパターン化している。また、夜間に起き出しての徘徊・水飲み行為が頻繁に見受けられ、嘔吐の回数が目立って多くなっている。
この年より今まで日中の活動が訓練班(現機能回復指導班)だけであったのが、午前中は訓練班、午後からは作業班(現和紙班)という大きな変化があっており、本人も一日の生活の流れが違った事で情緒不安定となり、過飲水による嘔吐が多くなったと思われる。
○ 平成3年度
問題とされる行動は依然として見受けられていたが、その中でも水を多量に飲んで嘔吐するといった事に着目し処遇を行う。水飲み行為に関しては四六時中の観察が困難なため、体重チェックを用いている。先ずはどの時間帯にどの程度の体重増減があるかという状態観察に努めている。結果として夕食後から就寝前に増加が著しく、多い時には5kg前後の変動が確認された。対応として水飲み行為をしている現場を見つけた際の注意と併せて、体重が増加している時に一言注意をして意識づけを図り、同時にお茶への移行を実施している。また、嘔吐があった後にポカリスエットを1本飲ませるようにしている。水飲み行為そのものの減少は見られなかったが、嘔吐の回数は激減している。
全体的には以前のように日課がパターン化されている事は目立たなくなってきているものの、執着・拘りといった面は依然として見受けられている。しかし、落ち着いて過ごす事も多くなっており、指示に対しての拒否や舌を噛んで怒るという場面も減ってきており、段々と柔軟な面が見られるようになっている。日中の活動である午前中は訓練・午後からは作業という流れがうまく噛み合ってきており、本人もそれなりに納得できたようであり、今までとは違った落ち着きが感じられた。
○ 平成4年度(軽T班〈現和紙班〉へ移籍) 検索
この年より日中の活動が訓練班には参加せず、午前・午後と一日作業に参加するようになっている。作業を離脱して自室に布団を敷いてサボるという執着が目立ってきており、余暇と作業時間との違いをはっきりとつけさせる事を目的として、午前・午後の作業前には布団を押し入れに収納させ、日課にスムーズに取り組めるようにしたが、執着の強い時には興奮・舌噛み・首絞めに至る事が多くなっている。また、6月には作業班の男子職員が一ヶ月間の研修で不在という事で、女子職員だけでは対応できない事もあり、今まで所属していた訓練班に参加するようになる。最初の一週間は良い意味での気分転換になっていたが、二週目より拒否が見られ出して興奮・舌噛み、特に首絞め行為が目立っている。
全体的に便塗りや首絞めは多くなった年ではあるが、行為そのものは軽くなってきており、職員の話を素直に聞きいれたり、注意に対しても真剣な表情をして目を逸らすことなく集中して聞こうという態度も見られ出している。この年は本人にとっても大きな転換期であったと感じている。
○ 平成5年度 検索
前年度目立っていた布団敷きについて、自室の布団を作業前に収納させる事の反動として宿直室や他居室の布団を敷くという執着が強くなっていた為、前年度後半より自室のベットに敷いている分は認めてあげ、収納するのではなく奇麗に整えるという事を中心に指導し、本人に負担をかけ過ぎないように変更している。本人が安心できる場所を確保してあげる事で興奮も目立たなくなり、全体的に安定した生活が送れるようになって問題行動も減少傾向になっている。
○ 平成6年度 検索
前年度と同様で徘徊や舌噛み、興奮した時や本人が納得できないは場面などでは時折首絞め行為が見られているものの、全体的に落ち着いており安定期に入っている。残業を行っている職員や特定の職員に対しての拘りは前年度と同様であり、帰宅を確認しないと納得できないといった感じが伺えている。便塗り行為には一度も見られていない。
対応として強めの声掛けや指示に対して、本人が不機嫌状態の時は火に油を注いだ様に興奮し、舌噛みや首絞め行為に至ることがある為、指示を出す場面では口調に気をつけて極力柔らかくするように心掛けている。また、本人が行っている行為に対して途中で制止させられると興奮があるので、ある程度納得できるまで行わせた後に指示を出すように配慮している。その他、場面場面において「アッ、アッ」という職員への確認を求めてくる行為がしつこいが、必ず返事をしてあげ安心させるといった情緒の安定を優先している。
○ 平成7年度 検索
職員の退職に伴い7月より担任が変更するという大きな環境の変化があっているが、以前のように大きく崩れることはなかった。
不安定な状態の表れである水飲み行為の他に目立ったのが盗食だった。特に母親ボランティア・学園祭・保護者懇談会など保護者の来園がある行事の際に同行為が多く見られている。場所も職員室・事務室・園長室・生活実習棟・他園生居室と様々であり、注意しても次々に行うといった状態。しかし、以前見られていた便塗りは殆ど見られなくなり、首絞め行為も6月以降は全く見られなくなっている。日課においてもかなりスムーズに取り組まれるようになったことは大きな成長だと感じられた。
○ 平成8年度 検索
運動会・学園祭・クリスマスなどの大きな行事で職員が残業をすることが多くなったり、作業・訓練が中止で余暇利用になるなどの日課の変更や長期帰省(5月・盆・正月)前後になると不安定になっている。特に長期帰省後、学園に戻ってきてから学園の日課に慣れるのに3週間位を要しており、奇声・ジャンピング(興奮して飛び跳ねる)・自傷(壁に頭をぶつける)などか見られている。しかし、前年度同様に便塗り・首絞めなどの行為は殆ど見られなくなっている。
拘りを少しでも解消するために、できるだけ事前の声掛けや説明を多くするように対応し、不安定な時期では厳しめの対応で状態を崩し問題行動も頻繁に続くため、木目細やかな声掛けを行うことに重点を置いた。同時に必要でない場面では、わざと本人との距離を置いて観察するように心掛けている。
○ 平成9年度 検索
年度の前半はクラス・担任の変更が原因と思われる担任への首絞め行為が多くなっている。また、昨年度同様に大きな行事前や長期帰省前後に不安定になることが目立つ状態。
9月22日(月)には久しぶりの衣類への便塗り行為も見られている。原因としては帰園時に必ず行っているベットカバーの交換が、畳替えで居室に入れず実施できなかったことでパターンが崩れた為だと思われる。帰園後2〜3日は奇声が多く落ち着きに欠ける状態。
今年度は今まで見られていなかった顔舐め行為が始まっている。本人が所属していた作業班の職員が新入女子職員となり、頭の匂いを嗅いだり、顔を近づけてきて舐めるという性的行為であった。
○ 平成10年度 検索
担任に変更はなく同室者のみ変更となるが、特に同室者との目立ったトラブルは見られていない。今年度は行事前に不安定になる事は少なかったが、長期帰省明けの1週間は不安定さが目立っている。特に正月帰省明けには不安定な状態が続き、帰園してきた日には便食が見られている。普段の帰園時間は朝であるが、その日は14:00と違った時間帯になった事が原因のようであった。
昨年より始まった顔舐め行為については、特定の女子職員のみでなく同じクラスや同じ班の園生、実習の学生と特定した拘りはなかったがパターン化しており回数も多くなっている。帰省中にも弟に同行為があったとの報告がある。
○ 平成11年度 検索
今年度の大きな特徴として年に1〜2回程度であった発作が5回も見られている。その内3回は長期帰省明けで学園に戻って来てからであり、生活のリズムが変わった事で水飲み行為が頻繁となり発作前には嘔吐が見られている。しかし、昨年度まで帰園後はしばらく不安定な状態が続く傾向であったのが、発作後にはスッキリした様子が伺え落ち着くまでに日数は掛からなかった。体重変化についても前年度の3〜4kg減に比べ、1kg弱であり大きな変動も目立たず減少傾向にある。その他、顔舐め行為についても減少傾向にはあるものの特定の園生へと移行しており、長い時には同行為が5日間も続くといった状態であった。
全体的には注意や規制に対しての興奮や強い拒否が見られなくなってきている。本人に理解しやすく説明をしたり、ルールを決める(受容的な対応)といった対応が効果的だったと思われる。年々拘りも減少傾向にあり、成長の時期にきていると思われる。
6 改善点
@便塗り行為〜平成6年度を境に殆どと言って良いほど見られなくなった。
A嘔吐〜平成3年に激減する。
B異食〜平成2年以降より殆ど見られなくなっている。 (別添資料参照)
7 改善に至った要因
糸井先生にかかる前はMクリニック・K大病院に通院し、自閉症に対する治療を行ってきた。糸井先生に変わってから人間関係に感情が生まれ、挨拶をするにも右手を上げることから最近では少し頭を下げて挨拶を返すといったことなどもする。一般的に見ればほんの些細な変化かも知れないが、とても大きな成長であると感じている。精神薬投与に関する効果は大きかった。また、治療教育の立場から考えると糸井先生の信念が、処遇に携わる指導員に浸透した事が大きな要因でもある。@今よりも悪くならないように、つぎに学園生活に適応できるように、それから家庭や社会に復帰できるように。A着実に段階を踏んで、進歩しないまでも退歩はさせないように。B社会復帰が最終かつ最大の目標であるが、急がず確実に。というように「現実処理能力を今よりも高めることが可能」という言葉を信じて処遇に当たったからです。このことは菅 修先生の『できるだけ多くの知識を授けるのではなくて、児童に一人で考えさせ、彼の希望や行為を道徳の原則に一致する方向に向けさせる』という言葉に通じるものです。
学園の生活の中で、共同生活と作業の指導・訓練を通じて善と悪の区別、して良い事としてはならない事の区別、他人に迷惑をかけないことの重要性を少しずつではあるが理解できたのがもう一つの要因です。
8 まとめ
Kさんの成長の過程は現在の状況に至るまで、決して平坦な道を歩んできたわけではない。私たち指導者側が後退要因を形づくった時期もあると思われる。現在抱えている問題は完全にはなくなってしまわないと思うが、本人がもっと多く柔軟な面が出せるようにし、また、表出している問題行動だけに捕らわれず、水面下の要因に正しくアプローチすることによって少しでも本人の苛立ちや拘りが解消できるような環境づくりを物理的・心理的両面から充実させていく必要を感じている。前記したように人間関係に感情が出てきており、その行動は顔舐めというマイナスの行動であったりもするが、何よりも処遇を行う私たちが本人を正しく理解し、人間同士の正しい関わり(ルール)を持つことが問題行動の軽減に繋がっていくと確信している。そのためには生活・作業の両面を今後も更に充実させ、社会適応に向けて一歩ずつ進んでいくということが大きな目標になると思われる。
最後に学園で生活できるということが、重度・最重度でしかも精神病症を併せ持つ重複障害の園生にとっての幸せだと考えている。確かにグループホームなど障害を持つ人を地域で生活させるという現在の流れに逆行していると言われればその通りです。欲を言えば一般社会で生活をしながら改善できれば問題はないが、それが今はできないので学園で生活を送っているという現実を履き違えずに処遇に当たらなければ、大きな勘違いによる問題が発生することを忘れてはならないと思う。もう一つ大切な事は医療との連携であると思われる。指導のみでは改善に向けていくら努力をしても、ケースの持つ病的な部分は医療からのアプローチがないとスムーズな始動が実践できないということを今回の事例発表を通じて再度認識させられた。
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